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私設現代宗教研究所ブログ

日本の現代宗教に関する情報を発信していきたいと思います。不定期更新

親鸞聖人直筆の『尊号真像銘文』(国重文)が行方不明

親鸞聖人直筆の『尊号真像銘文』(国重文)が行方不明

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日本文化として仏教真宗浄土真宗)に関心がある一般の人も少なくないと思う。今年は、まもなく門主交代に伴う浄土真宗本願寺派本山本願寺西本願寺)の伝灯奉告法要があり、既に3月には親鸞聖人の直筆文書を多数所蔵する三重県津市の真宗高田派本山専修寺でも法主の交代に伴う伝灯奉告法会が行われた。真宗にとっては祝うべき慶事が続いている年と言える。

しかし、真宗僧侶や門徒にとって見逃すことのできない事態が起きている。真宗浄土真宗)宗祖であり、日本を代表する思想家でもある親鸞聖人の直筆の国重文『尊号真像銘文』(略本)が所在不明になっているのだ。今年5月13日に文化庁が発表した文書「国指定文化財(美術工芸品)の所在確認の現況について」に明記されている。文化庁国指定文化財等データベースによると、所有者は福井県の法雲寺。国税庁法人番号公表サイトによると、同県には法雲寺という名の寺院は4寺あることが分かるが、福井県庁が運営するウェブサイト「福井の文化財」によると、福井市の法雲寺であることが分かる。法人番号公表サイトによると、福井市に同名の寺院は一つしかなく、法人番号3210005001309、福井県福井市大味町39号9番地の法雲寺だと特定できる。同寺は、ウィキペディア真宗大谷派と書かれているが、福井市あわら市が運営するウェブサイトにも「法雲寺は真宗大谷派の寺院」「今は真宗大谷派の法雲寺」とあり、真宗大谷派の寺院と分かる。

法雲寺は、「高田山」という山号から分かる通り、上記の高田山専修寺と非常に関係の深い寺院である。中世、専修寺住職の継承争いがあり、負けた皇族僧侶が立てた寺が福井法雲寺の前身。『尊号真像銘文』(国重文)は、この専修寺から持ち出されたものであることが前述の「福井の文化財」の説明からも判断できる。『尊号真像銘文』は、真宗として、本尊として掲げる名号や画像とそれに書かれた銘文について解説した教典という。広本と略本の2種類があるが、広本は浄土真宗本願寺派『浄土真宗聖典』にも収録されているなど、宗派を超えて重視されていることが分かる。

本来は報道機関がニュースにするような事件である。某掲示板の書き込みには地元紙が報道した痕跡が残っている。しかし、宗教ジャーナリズムの世界では寡聞にしてこの件の記事を知らない。このぐらいの検索は、記者でも研究者でもなくても、検索エンジンにキーワードを入力することができれば、誰でも調べることができる。何も特殊な調査法は使っていない。それとも、官庁のウェブサイトにアクセスして報道発表のページに掲載されている公文書を見つけるというのは新聞記者にとって、特殊な取材方法なのだろうか。

例えば、私が真宗の僧侶であり、新聞記者をしていて、法雲寺の宗派の担当であったとすれば、絶対に無視することできない。人生においてもっとも大事な自分の信仰に関することである。解決や真相に至らなくても、可能な範囲で明らかにしたい、と思うのが自然な宗教感情ではないだろうか。数十年前の事件で幹部の間では周知のことであっても、全国の真宗の僧侶・門徒が共に考えるべき問題であり、一部の僧侶の間だけで秘密にしておくことではないと思うだろう。

確かに個人で組織の中の事情に迫るのは限界がある。だから調べる側も組織を作る。それが新聞社ではないのだろうか。それが報道の役割ではないのだろうか。記者の仕事は、広報担当者と漫才することではない。試しに本山にも関わるベテランの真宗の住職に聞いてみたが、この所在不明事件は知らなかった。少なくとも一般に周知されている事件とはいえない。文化財の所在不明が大きく注目されているのにも関わらず、現状を調べず、あえてニュースにしていないのであれば「隠蔽した」と言われても仕方がない。

宗祖親筆の文書とすれば、真宗大谷派にかぎらず、真宗佛光寺派も含め、全ての真宗の僧侶や門徒が命をかけて守らないといけないものではないのか。しかも国指定の重要文化財である。真宗だけの問題ではない。国民の税金によって制度的に保護されてきた日本国民の宝だ。詳しいことは分からないが、万が一、僧侶や報道がこの事件を放置、ましてや隠蔽するようなことをしているのであれば、「お坊さん便」問題だけではなく、ますます仏教界やメディアへの信頼は崩れていくだろう。

こんなことを書くのがこのブログの目的ではない。

(画像出典「福井の文化財」より)